<< 夜も10時を回ると、ガチャピン... アルマジロウは雪国の空を知らなかった >>

あの夜のこと あの頃のこと

「花火」

そんな言葉にふと視線を上げると、遠くに打ち上がっている火が見える。音も立てずにぽんぽんと点いては消える様を見ながら、多摩川かとぼんやり思う。新宿の煌々と輝く夜景の、更に奥で真っ暗や闇に浮かぶその花は、なんだか現実味がなく、まるでおもちゃのようだ。手が届くならば掴めそう。そんな虚ろから覚めようと視線を移すと、自分の吐いた煙の向こうに彼女の瞳が光った。


新宿の高層ビル最上階。こんな場所に来る機会が滅多にない僕は、彼女に言われるがままにここまで着いてきた。先に店を教えていてくれれば良かったのに。サンダルで来たことを後悔する。彼女はと言えば、濃い栗色の毛を軽やかに揺らし、余裕の笑みを浮かべながら、こなれた様子で店へ入って行く。真っ白く磨かれた靴が彼女の細やかさを表しているようだ。


彼女は猫だ。それも、かなりやり手の猫だ。身のこなしはスマートだし、世の中を良く知っている。自分に何ができて、何ができないのか。何を求められていて、何を返すべきなのか。彼女は自分に誇りを持っており、それ故の自信を持っていた。今、僕と彼女は真逆の状況に立っている。


僕は仕事を辞めたい。できれば今すぐにでも。その後したいことがあるわけでなく、とにかくこの状況から逃げたいのだ。僕の仕事と言えば、打ち上がらない花火をひたすら作り続けているような、たまに良い玉が作れても横から水をかけられて駄目にされるような、時には作ることさえままならないような、そんな無意味に思える毎日の連続だ。咲くか分からない、芽の出ない種にずっと水をやるような日々。それが誰のせいであるのかは、相当古い諸先輩方の時代からずっとお互い擦り付け合って今日に至るので、僕はただその渦の中で、たぶん誰も悪くなくて強いて言えば僕が悪いのだろうと、独りで安易な答えに逃げる。


猫は言う。僕みたいな人間が多過ぎるから、そんな日本を変えたいのだと。


猫である彼女が何故にそんな大志を抱いているのかはさておき、こう言った話をする際に「日本」という我が国に於いては最も大きな単位を用いて話しをする人がいる。なぜか僕のまわりには結構いる。僕は、日本をどうこうあれこれいぢいぢしたいと考えたこともないので、まずそう言った視点を持てるか否かが、仕事や人生のあり方に影響するのだろうと思う。そして、そういった意味でも、僕は完全に大成しないに違いないと、ここでも確信をするのである。


気が付くと花火は咲くのをやめていた。会が終わったらしい。僕は酔っていた。猫は平気な顔をして次の酒を頼んだ。

「次に逢うのはいつかしら。そうね、4ヶ月に1回くらいがちょうどいい」

僕に言うというよりは、手の平で包んだ酒に向かって彼女は呟いた。僕は少し寂しい気持ちになる。それは彼女といる時間が好きだったから。彼女といれば、僕ももう少しすれば彼女と同じように仕事をこなすことができるような気がする。こんな場所から花火を見ることだってできる。それは、とても僕独りでは体験し得ない時間。感覚。まるで自分が夜空に打ち上がるような。


僕は彼女のしっぽを優しく握る。想像以上に柔らかい毛の感触に、次会う時は冬毛かなぁなんて考える。その頃、僕は、やっぱり性懲りもなく咲かない花を育て続けているのだろうか。

2010年08月26日



猫と話しをした。
正確には、猫と話しをした夢を見た。
それは、その辺にいる野良猫に不意に話しかけられたなんてものではなく
都内の高層タワー最上階にある、夜景が綺麗な雰囲気の良いバーで
酒を酌み交わしながら、膝を付き合わせて猫と話しをした夢だった。

彼(彼女?)は、私がイメージするような、所謂一般的な猫とは少し違っていた。

プライドは高いが自身はなく
自由奔放ではあるが勤勉で
気ままなようで悩みは多く
夢も希望も持ち
挫折も知っていた。
ちなみにクリスチャンだと言った。

将来のことを問えば
「かけっこならいやだ」
と私ではない何か遠くの景色を眺めて呟くように猫は言った。

「かけっこ」が、何かの比喩なのか
実際にレーンに沿って「ヨーイ、ドン!!」で走る徒競走のことなのかは
私にはわからなかったし、それを聞くこともしなかった。

ただ、うまくいけば来年
ピンクと緑の柄のまるで桜のような素敵な炬燵布団が手に入り
それをもらったら引退すると言う。

その炬燵布団が猫にとって、くるまってうたた寝するために必要なものなのか
それともそれを与えられること自体に価値があるものなのかも
私にはわからなかったが
とにかく「頑張ってほしいな」と思ったし、実際にそう言った。

遠くで花火が上がるのが見えた。
こんな素敵な夜に、猫と猫の将来について話しをするのも
中々できない貴重な経験だなぁなんて心地よく思っているうちに
私は目を覚ました。

また会いたいなと思った。
今度は、炬燵で鍋をつつくのもいいなとも思った。
遠くでノラ猫の泣く声が聞こえた。
暑さが心地よい夜だった。

2010年08月24日
[PR]
by mowmowmocha | 2010-08-26 11:23 | 木曜日
<< 夜も10時を回ると、ガチャピン... アルマジロウは雪国の空を知らなかった >>