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ピッツィカートで軽やかなダンスをピアノと一緒に勝山永平寺線の先頭で

これは、白昼の夢であるか、それとも現実の出来事であるか。
名取がコンビニに行くと、いつもいる、今日だっていなければならない、明日も明後日もいるはずだった、しろくまかろんが、今日はそこにいなかった。
彼女の日常は今日も何ら変わらなかった。午前中は事務所で使いこなせないパワーポイントと格闘し、紙の詰まったコピー機と格闘し、分からずやなお客さんと電話で格闘し、やっとお昼休みになれば先輩たちとランチで一息。午後は営業に出たり出なかったりするが、とりあえずコンビニに寄ってしろくまかろんを買う。これが彼女の日課である。それなのに、今日はその彼女の日常の要ともいえるしろくまかろんが見当たらない。消えてしまったのだ。ゲームでハイスコアを叩き出した瞬間に強制終了されるような、あまりに残酷で無残なしろくまかろんとの別れ。彼女はその現実と向き合えず、コンビニの陳列棚の前で立ちすくんでしまった。
「し、しろくまかろんが…」
いつもはりんごのような頬を、真っ青にして呟いた彼女。隣にいた秋川さんは、彼女の目線の先を追い、事態に気づいた。
「春だねぇ。出会いと別れがこんなところにまで」
「ただの品切れでしょうか」
「名取は今までしろくまかろんが売り切れているのを見たことある?きっと新商品に入れ替わるんじゃないかしら」
先輩の容赦ない一言がとどめを刺した。
名取は悔しかった。思えばコンビニはいつだってそうだ。どんなに彼女が好きで毎日買っている商品でも、なんの断りもなく入れ替わり、またもやお気に入りを探さなくてはならない。その繰り返し。特に今回のしろくまかろんに対する入れ込みようは並々ならぬものがあったので、その分落胆も大きかった。せめてシールを集め終わるまで待ってくれればよかったのに。
「あと何枚欲しかったの?」
「5枚です。あと5枚あれば、しろくまかろんのぬいぐるみを応募できるんです…かわいいんですよ。むっちりしてて、目が小さくて、CM見たことありますか、おなかを揺らしながらぼてぼて走るんです。ぬいぐるみはそのおなかを忠実に再現してるんですよっ」
意図せず声に力がこもるが、どんなに名取が熱弁したところで白いむっちりはこのままでは手に入らない。
名取は諦め切れなかった。あと5つ。あと5つ見つかればそれでいいのだ。
彼女は午後営業に出て、移動中、目につくあらゆるコンビニに入ってみた。やはり商品入れ替えの時期なのだろう。ひとつもない店ばかりだ。
ただ、彼女は3つまで見つけてみせた。ひとつはコンビニ、ひとつはお客さんの事務所にある売店、最後のひとつは奇跡的にお客さんのデスクに貼ってあったしろくまかろんシールを譲ってもらったのだ。恐るべき執念であるし、さすが営業というべきか。
それでも2つ足りない。夕日になった太陽はその姿をビル街に隠し、行く手には、どこまでもどこまでも果てしのない白い大通が続いていた。

「おかえり」
まだ先輩たちが営業から戻らない事務所に、見覚えのある顔がいた。
「あれ、高尾さんだ!出張ですか」
先月転勤したはずの先輩はにこにこしながら答える。
「うん、明日会議があるからね。今夜は前泊なんだ。しかしもっと大事な用事はこれだ」
そう言って彼が手にして見せたのはなんとしろくまかろんだった。
「昼過ぎに事務所を出ようとしたら、秋川から電話がかかってきてね。地方ならまだ売ってるだろうって、買ってくるように言われたんだ」
名取は赤い頬っぺたを更に赤くしてお礼を言い、そのしろくまかろんを大切に受け取った。
「ごめんね、僕もひとつしか見つけられなくて」
首をふるふると横に振りながら、自分はなんて恵まれた環境で仕事をしているんだろう。もういいじゃないか。あと1枚のシールがなんだっていうのだ。とはなかなかいえないけれど、でも、素敵な先輩に囲まれていることが何より嬉しい。名取はそう思いながら、さっそく封を切った。

「で、君はいつしろくまかろんを彼女にわたすつもりなの」
「何の話ですか」
「恍けなくてもよろしい。君だって今日の営業中、どうせ探してたんでしょ」
「どうせってなんですか」
黒田原はバツの悪そうな素振りを隠そうと、煙草を吸った。
「後輩思いなのは良いことじゃない。さっさと素直になりなさいな」
「でも高尾さんに先こされたし…あいつ、なんか、ちょっと生意気だし…」
秋川は、まるで小学生のような後輩を見ていると、どうにも笑いが止まらなくなった。
「なんですか!なにがそんなにおかしいんですか」
「ごめんごめん、黒田原君て何かに似てると思ったら、そうか、しろくまかろんだ」
「そうやって馬鹿にしてればいいじゃないですか!」
言い終わるや否やまた笑い出す秋川に、抗議の声を挙げる黒田原の腹がむっちりと揺れた。
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by mowmowmocha | 2011-04-20 13:41 | 水曜日
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